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●モーシェ・フェルデンクライス
1940年、ポーランド東部のユダヤ人家庭に生まれる。17歳のとき、単身イスラエルに移住した。その後、パリ・ソルボンヌ大学で物理学を学び、博士号を取得。ジョリオ・キューリーの研究所に勤務。
嘉納治五郎から柔道を学び、黒帯となりヨーロッパ初の柔道クラブ(後のフランス柔道連盟)を創始。第二次世界大戦中はイギリスに逃れ、戦後イスラエルに帰国、国防軍の電子部門責任者を勤める。
早くからヨーガ、フロイト、パブロフ、神経生理学を深く研究、東洋の身体メソッドを求めて来日したこともある。1984年死去。
フェルデンクライス・メソッドの基礎は、すでに1940年代に形成されていたが、欧米で一般に普及され始めたのは、1970年代の後半からである。 |
| 関連ページ:フェルデンクライスメソッド |

●アイダ・ロルフ
1896年、ニューヨークに生まれた彼女は若い頃、旅の途中で馬に蹴られ、高熱を出し、肺炎のような症状になりました。担当医は、治療の経過を診て、オステオパスの治療を受けさせ、ようやく呼吸ができるようになったといいます。彼女は旅から帰ると、近くのオステオパスのところに通い、そこで『体の構造がその機能を左右する』というオステオパシーの原理に関心をもつようになっていきました。
1920年代始めには、ロックフェラー研究所に勤務しながら、コロンビア大学医学部にて、生化学の博士号を取りました。そのころ、ホメオパシーとの出会いがあり、慢性化した現在の問題から順々にタマネギの皮を剥がすように古い問題まで遡って癒すというホメオパシーの「治療の法則」を深く理解したのです。
オステオパシーとホメオパシーが彼女の体に対する考え方に大きく影響しましたが、彼女の考え方の最も根底にあるのはヨガでした。身体への働きかけが感情面、精神面を含め、人間を全人的に向上させるというものです。
1940年頃、怪我で働けなくなったピアノ教師の腕を回復させたことから、彼女に助けを求める人々が訪れるようになりました。彼女は、他のエクササイズのアイディアやテクニックを学び、使えそうなものを取り入れて、ロルフィングを確立していきました。ロルフィングの最初の原理である「柔らかい組織をあるべき場所にもって行き、正しい動作をさせる」ということが発展していったのです。彼女には、様々なものを理解する能力とそれらを独自の論理でまとめ、先へ進める才能があったのです。
ロルフィングが広まったきっかけは、1960年代、ロルフがカリフォルニアのエサレン研究所を訪れたことでした。以来、多くのロルファーが育っています。 |
| 関連ページ:ロルフィング |

●マーク・カフェル
カフェル博士はスタンフォード大学で経済学を学び、多数の会社を設立させるなど、ビジネスの分野で大きな業績をあげた。しかし考えるところあって新しい道を求め、1964年から1968年にかけてメキシコの大学で英語教授を務める。
1968年から1972年にはスタンフォード大学大学院で心理学、解剖学、生理学などを学び、ゲシュタルト・セラピーのフリッツ・パールズ、ロルフィングのアイダ・ロルフのもとで心身の研究を行ない、その後ロルファーになる。その他、アリカの創始者オスカー・イチャーソ、メタフィジシャンのブルー・ジョイ、クラニオセイクラル(頭蓋仙骨)・テクニックのジョン・アプレジャーなどに師事する。
1977年から1980年にカリフォルニアの CENTER FOR THE HEALING ARTSにおいて命にかかわる重病に対するホリスティック・セラピーの医療調査を行ない、その結果に対して1980年にインターナショナル大学より博士号を授与される。今まで6000人以上の人に対してロルフィングを行なう。現在、アメリカ政府公認「ストラクチュアル・インテグレーション・アンド・オルタナティブ・ヘルス財団」のエグゼクティブ・ディレクター。 |
| 関連ページ:シン・インテグレーション |

●ジョセフ・ヘラー
1940年ポーランド生まれ。16歳でアメリカに移住し、カリフォルニア工科大学を卒業、NASAで航空宇宙技術者として働く。
70年代のヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントに巻き込まれ、バイオエナジェティクス、ゲシュタルト・セラピー、サイコシンセンスを学んだ。その後、ロルフィングの創始者アイダ・ロルフのもとで学び、ロルファーとなる。またアストン・パターニングの創始者ジュディス・アストンのもとで学び、身体構造パタンナーにもなる。さらに、ヒーリング・エネルギー治療の先駆者であるブルー・ジョイのもとでエネルギー療法を学ぶ。1976年、ロルフ研究所の初代所長に就任。
その間、身体療法の指導や、身体エネルギーへの気づき、心理療法の分野における知識と訓練を統合し、新しいタイプのボディワークを作り上げていった。
1987年ロルフ研究所長を辞し、サンフランシスコでヘラーワークを創始。現在カリフォルニア在住。著書に「ボディワイズ」(春秋社)がある。 |
| 関連ページ:ヘラーワーク |

●ティク・ナット・ハン
ティク・ナット・ハンは1926年ベトナムに生まれ、16歳で出家。社会福祉青年学校、ヴァン・ハン仏教大学、テイプ・ヒェン(相互存在)教団などを創立する。ベトナム戦争中、行動する仏教者として、積極的に被災者、難民を救済。率直な平和提案のため、帰国不能になり、合衆国を経てフランスに亡命する。
キング牧師によってノーベル平和賞に推薦される。また、パリ平和会談の仏教団代表でもある。
現在は、南フランスでプラムビレッジという共同体を作り、そこを拠点に瞑想の指導や難民救済に働きながら、外国へも出かけていく。
Interbeing(相互に存在し合うこと)をものの見方の基礎に、Mindful(心を今にとどめること)に生き、現実に行動していく(Engaged
Buddhism)。こうした彼の教えの中では、瞑想することと現実に関わることとが、見事に融合している。 |
| 関連ページ:ウォーキング・メディテーション |
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