インタビュー

センサリー・アウエアネス ワークショップ ジュディス・O・ウエーバァ

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魂の道 私たちの真実の姿

bk03サンフランシスコにあるカリフォルニア統合学研究所の教授であり心と身体と精神の統合を目指すSomatic Reclaimingのセラピスト。センサリーアウェアネス、太極拳、ローゼン・メソッド、ライヒ派のセラピストの教授資格をもち、アメリカと日本はもちろん世界各地でワークショップを開く。1965年から来日を重ね、日本舞踊などを学び、また山田無文老師のもとで2年間の参禅経験ももつ。
ここ最近、「魂(soul)」という言葉は西洋社会でも頻繁に使われるようになっています。アメリカで最も人気のあるニューエイジ雑誌の一つ「New Age Journal」誌は、数年前から「身体と魂」というタイトルの会議を全米のいくつもの大都市で開催しています。この会議には何千人という人たちが集まりますが、わたしも1996年にシアトルで開かれた第一回の会議に参加し、昨年の10月にサンフランシスコで開かれた会議には発表者の一人として招かれました。またわたし自身つい先日カナダのブリティシュ・コロンビア州で4週間にわたって共同生活を送るワークショップを主催しましたが、わたしはそれに「Somatics, Community, and the Soul(ソマティクス(注)、共同体、そして魂)」というタイトルをつけました。こうしたことからも分かるように「魂」はわたしにとってとても大切で意味のあるテーマです。

でもこのように「魂」に対して多くの関心が寄せられるようになったのは一体どうしてでしょうか。そもそも「魂」という言葉でみんなが言おうとしているのは同じことなのでしょうか。アメリカでは「ソウル・フード」とか「ソウル・ミュージック」とかありますし、たんに気もちいいということを表すのに「わたしの魂によかった」という言い方をしたりします。一体「魂」とは何を意味しているのでしょうか。

「魂」の意味を感じること

わたしにとって「魂」とは、言葉では言い表せないわたしの最も大切な側面です。肉体をもって生まれてくるずっと前から存在しているわたしそのものであり、この地上に生を受けている間わたしをつなぎとめておき、肉体が滅びてもなお存在し続けるわたしの本質、それが「魂」なのです。
この「魂」について日本で最近センサリー・アウェアネスのワークショップを教えていたときに体験した素敵なお話しをしましょう。ところでセンサリー・アウェアネスのことを初めて聞く人には、わたしはいつもこのように説明します。

人と触れあうというのは一体どういうことでしょう。
肉体的であれ、ただ話をするのであれ、わたしたちは何に触れているのでしょうか。
この例のようにただ肩に触れているだけでしょうか。
その肩を触れられている人そのものはどうなのでしょうか。
そしてまた触れている人はどうなのでしょうか。触れているのは手だけでしょうか。
誰かに話しかけているときに、コンタクトを取っているのは声だけでしょうか。
あるいはたんに思考だけでしょうか。
もちろん違います。わたしたちがいつも向き合っているのは存在そのものです。
それはその人の魂でもあるのです。けれどもわたしたちは往々にしてその本質的な事実に注意を向けません。

不幸なことに西洋社会では、身体に触れることに関わるさまざまな身体技法を表すのに「ボディワーク」という言葉が広く使われるようになっています。わたしが教える大学院やワークショップでは学生たちに、この「ボディワーク」という言葉は言ってみれば車に対してすることだと教えています。つまりもし車のバンパーにへこみができたらその傷を直しててくれる人の所に持っていきます。その人は何も車の本質だとか運転がどうのとかを心配したりしません。その車の走行距離がどれくらいだとか中がきれいだとか、座席やトランクに何が入っているのかはお構いなしです。彼が扱うべきなのはただバンパーのへこみを直すことだけなのです。同じようにもし背中が痛んだり身体が凝っていたり骨折したりした場合には、わたしはそうした身体の細部を扱う訓練を受けた人のところへいきます。ところが車と違って、その人がわたしに触れたりわたしの腕を持ち上げたり背中をさすったりするときには、その人はたんにわたしの腕や背中や骨以上のものに影響を与えるでしょう。とても深いところでわたしに、わたしの本質に触れているのです。

その人がわたしにどのように触れるかによって骨や筋肉が回復する前からわたしの癒しに大きな違いが生じるのです。なぜならその人はわたしの魂に触れるからです。その人がわたしの魂にどのように触れるかによって、癒しがスムーズに早く進むかあるいは長引いて面倒になるかわたしの癒しはまったく違ったものになりうるのです。またわたしが自分をどう受けとめるか、この世界でどういう立場にあるか、世の中の他の人々とどう関わるかにも大きな違いが生まれてきます。

「魂」はわたしたちそのもの

西洋心理学の中で身体と心の統合をめざすあらゆるセラピーの生みの親、精神分析家ウイルヘルム・ライヒは偉大な先駆者であり、わたしを始めこの分野で働く多くの人々に影響を与えてきました。ライヒをルーツとするこうした心理学やセラピーは、本来身体の一部や呼吸や感情を別々に扱うのではなく、全体としての精神と身体の本質をサポートするものなのです。

「魂」はわたしたちそのものです。わたしたちの存在のすべて、心や感情や肉体やそしてもちろん精神も含めたすべてなのです。はっきりしているのは、わたしたちは「魂」から自分を切り離すことなどできないということです。

そして実の所わたしたちの存在の精神的な側面とは、わたしたちを深く満ち足りた統合された全体――つまりそれがわたしたち一人一人という個性ある魂の存在なのですが――へとつむぎ合わせてくれるものなのです。そうしたわたしたちの全体性を認め受け入れること、心と身体といった二元論ではないあり方、生き方、それこそがわたしにとって精神的な生き方であり、魂の道なのです。

本来は全体的な存在であるわたしたちのある面にだけ注意が向けられたり強調されたりすることは、わたしたちの現代社会がどれほどバランスを失い、一面的になっているかの明らかな証拠です。こうした現代社会の傾向に対して、わたしたちの存在全体のバランスを取ること、それこそが精神的な探求においてなすべきことなのです。

アメリカでは60年代後半から「ボディ」が注目されるようになり「ボディワーク」という好ましくない言葉が一般的になりました。でもこれは、わたしたちの西洋現代社会が知的なことにだけ注意を向けすぎていることに人々が気づいたことへのひとつの反動でした。心の問題や思考や知的なことを扱う面だけが前面に押し出され、自分の肉体的な側面との結びつきが失われていたのです。そこで人々はジョギングやエアロビクス、その他の肉体を訓練するエクササイズを始めました。けれどもそれらの多くは心はそこにあらずといったやり方で行なわれたために、多くの人が怪我をする羽目になりました。これはこの社会がどれほどバランスを失っているか、そして自分自身を取り戻そうとするあまりまた逆の方向にバランスを崩してしまっているかのよい例です。

「魂」への関心がこれほど大きなうねりとなっているのは、西洋社会が一般的にその魂、つまり本当の存在から切り離され、いろいろな方法でその根底にあるものを回復しようともがいていることの現れだと感じています。

始まりから魂をもった存在

センサリー・アウェアネスを教える以外に、個人のクライアントとは出産前後の体験と深く結びついたセラピーをしています。大変な妊娠期間を過ごした人や、トラウマ的な出産を経験した人、生まれて間もない時期に苦しい体験をした人などがやってきます。こうしたワークの体験を通して、わたしたちがみなそもそもの始まりから魂をもった存在であることがはっきりと感じられます。始まりというのは何も出産のときではありません。

わたしたちの肉体が母親の胎内からこの世界へと出てきて自分自身の人生を歩み出すほど十分に成熟するずっと以前から、わたしたちは敏感で傷つきやすく全体である魂なのです。母親の胎内で動き回っているときからすでにわたしたちは感じやすく敏感な魂なのです。胎児としてすでにわたしたちの周りで起きていることに完全に結びついているのです。中には、受精以前の出来事を感じたり記憶したりしている人さえいます。子宮の中で成長しているときにも、わたしたちは周囲の物理的あるいは生理的な環境に適応しているのです。

ではいったいわたしたちに何が起こったのでしょう? どうして自由で幸せな感じを失ってしまったのでしょうか? なぜこれほど多くの若者がドラッグや暴力に快感を求めるようになったのでしょうか? どうしてこんなふうに魂との結びつきがなくなってしまったのでしょうか? わたしたちが自分たちが何者であるかという感覚、つまり魂を失ってしまったのは、現代の教育システムや機械的な産業社会がわたしたちにもたらす不自然なプレッシャーが大きな原因だと思います。赤ん坊が生まれたときには、それぞれが生き生きとした感覚を備えた存在として可能性に満ちあふれています。すべての存在は生まれながらに幸福で全体として存在する権利をもっているのです。わたしたちは本来決して分裂した存在ではありません。ただ自分で自分を分裂させているだけなのです。生まれながらの全体として存在する権利を取り戻すために、わたしたちは耳を傾け、感じ、そしてありのままの自分を受け入れることが必要です。

わたしたちは本当の自分に戻る必要があるのです。本当の自分になることはまた自然との結びつきを取り戻すことでもあります。わたしたちの自然環境つまり外にある物質としての自然だけでなく、わたしたち自身の内なる自然な感覚に気づくことは、全体としての魂が成長するための大切な要素です。それはまた、わたしたちの世界や社会の状態に大きな影響を与えるでしょう。自分のありのままを受け入れることで、他の人をも受け入れられ、また他の人がありのままの姿であることを許すことができます。そうしてわたしたちみんなが、より満ち足りて平和で、心とからだと精神が一体となった魂の世界に生きることができるのです。

(翻訳:村川治彦/イーストウエストセンター)

1998年7月発行 フィリ42号に掲載

この記事を書いたひと
フィリ編集部

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フィリは、ニューエイジ・ムーブメント、精神世界、 トランスパーソナル心理学に関するワークショップ、 セミナーのリアルタイム情報誌『FILI』として、1990年~2002年まで定期刊行を続けてきました。 まるでコンサートに行ったり、映画を見るように、 こうしたジャンルのセミナーやワークに気軽に参加できるようになれるといいね、 と精神世界の『ぴあ』を目指して有限会社フィラ・プロジェクツが1990年に雑誌としてスタートしました。
内容は、日本で実際に参加できるワークショップやセミナーなどを紹介する情報に加え、 アメリカ情報、ワークを受けた体験記などのページと、 自分の中心をしっかりもって意識的に生きている人々のインタビュー記事で構成しています。

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