フィリと私

1989年 フィリの創刊

こんな話を聞いたことはありますか。
「今の時代に生まれてこれたのは、宝くじで1等が当たるのよりすごい確率で、あなた達はその難関を突破してきたのですよ。だから、ここに存在しているだけで、すごいことなんです」と。
どこで聞いたのかは忘れましたが、1990年代にはよく耳にしましたし、今でもネットで見かけることがある情報です。
例えば、下記

それに関係するかどうかわかりませんが、私は幼い頃からハートに熱いものがあり、それが何なのかずっと気になっていました。何かをしなければならない、という漠然とした思いはあるのですが、それが何なのかはわかりませんでした。飛び抜けた才能もなく凡庸な私が、この胸にある熱いものをどうしたらいいのだろうと内心戸惑っていました。もちろん、そんなことを友人に話したこともありませんでした。
ところが、最近、中学生時代の友人と話していて、このことを話題にすると、彼女は「知っていたよ」と言うのです。「えっ」て、思いました。私の中にあるものが、外からも見えていたなんて、想像もしていませんでした。

なぜ、こんな話をするのかというと、ハートにあった熱いものは、フィリを創刊して、数年後に気にならなくなっていたからです。『これを始めなさいということだったのか』と、ようやくほっとしたのを覚えています。

創刊は1989年。時代はまだバブル期の中にありました。私と同世代の人々は、経済は良くなり、欲しいものは手に入っているのに、自分は満たされていないことに気づき始めていました。欲しいものは、物ではなかったのかもしれない、そのことにやっと気づき始めたのが、あの時代でした。まだ、パソコンは大企業で使われていた程度、家ではワープロが活躍していた時代です。そのワープロの漢字変換に『瞑想』という語句はありませんでした。

創刊号0号は、チャネリング情報や、ゲシュタルトセラピー、ホロトロピックブレスワーク、アレクサンダーテクニーク、ヨガ、気功、占星術などを記事にしていました。海外で学んだ人たちが少しずつ帰国して教えたり、海外から講師を招いてワークショップが始まる、そんな時代の幕開けでした。500部ほど印刷して、無料で配布しました。そして、私は何も考えなし、定期購読と入れてしまったために、定期購読の申し込みがあり、最低あと5号は出版することになってしまったのです。なんで後先考えずに、そんな項目を入れてしまったのか・・・。

創刊0号は、出版に関して何の知識もない私が、苦労して作りあげた雑誌でしたが、出来上がりはノートのような薄っぺらなもので、印刷された物を手にとったときには、がっかりしたのを覚えています。でも、その日、瞑想をしていると、自分の内側から大きな喜びのエネルギーが上がってきて、ああ、本当の私は、こんなにも喜んでいるんだなぁと思いました。

創刊0号500部は、主に1987年にペルーに一緒に旅をした仲間に送りましたが、その旅の話は次の機会にしますね。

この記事を書いたひと
佐藤まり子

佐藤まり子

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1990年〜2003年、気づきと癒やしに関する情報を提供する雑誌「FILI フィリ」を隔月発行。1996年・1997年にはフィリ・フェスティバルという癒しの見本市イベントを開催。

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