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エサレンマッサージ

エサレンマッサージ(体験談)

エサレンマッサージ画像

ボディマッサージの勉強を始めて数カ月たった頃、あちらこちらでマッサージを受けていた私は、知人を通してエサレンマッサージの個人セッションのチラシをもらいました。エサレン? 按摩や指圧、アロマテラピーのオイルマッサージとどう違うのかな…。
セッションルーム。お茶を飲みながら、プラクティショナーから身体の気になるところを聞かれる。肩甲骨と背骨の間が凝り固まっていて痛いと、いつものように即答する。するとプラクティショナーは、今痛いのか、いつ痛いのか、左右とも痛いのか、と丁寧に聞きながら私の目を優しく見ています。
これまでは、それは大変だと言わんばかりの対応に、私のからだってそんなにひどいのかなと余計不安になることが多かった。そして、オイルマッサージ。揺らし、ストレッチ、関節へのアプローチではたぶん自分ではやったことのない動きを体験しているからか、ポロポロと鍵がはずれて普段の自分ではなくなっていく感じ。全身を流れるロングストローク、からだがどんどんゆるんでいく。肩甲骨のあたりの痛みが深い息と一緒に出ていく。それから首とあごへの予想外の入念なタッチ、ふとつらい気持ちになる。奥歯を噛み締めていたことに気づいた。すると同時に、ゆったりと人に抱きとめられていることがたまらなく嬉しいと感じる。
セッションを終えた私は、静かな幸福感に満たされながら、堂々としていた。歯を噛み締めてある事柄に耐えていて、そのあごの力が抜けるとただ心地がよく、耐えることをやめようと思えた。そして実際に生活が変わっていった。
本当に大切な物事は何かを、からだは教えてくれた。わからなくなったらまた、からだに聞こう。エサレンマッサージは、自分を信じることの大切さを私に教えてくれた。
(専門学生・34歳・女性)


エサレンマッサージ実技入門コースを体験した。参加する前、ワークショップの案内が書かれたプリントが届いた。持ってくる物中に「ゆったりとした服装」とある。「ゆったり」なんだか不思議な表現だと思った。そんな思いを抱えて岩手県八幡平のワークショップ会場へ向かった。
ワークショップの3日間は、時間が経つにつれすべてが満たされていたと感じる。セッションはもちろん、八幡平の奇麗な空気の中を歩いているとき、参加していた人達との会話、お風呂に入っている時、寝ている時。私にとって幸運だったひとつのことはこのワークが一貫して「感じること」にポイントを置いてくれたことだ。情報過多になっていた私にとってこの「感じること」は絡まった糸みたいに頭の中で存在していた。
自分の身体を自由にほぐす、自分の身体を感じるといったセルフケアの時間は私にとって新鮮で解りやすい内容だった。ワークのリーダーの心のこもったゆったりとした口調に促されて、身体と共に頭の中も少しほぐれていく。セルフケアの後に人の身体に触れると、今までとは違った感覚を感じた。
そして、オイルマッサージの時間。まずデモンストレーションを見る。ギバー(ワークを施す人)の呼吸が変わり、目の表情が変わる。手、身体はゆっくりと静かになめらかに動いていく。見ているだけでつい、うっとりしてしまう。それからすぐに実習だ。部分的なやり方が解らなければその場でマン・ツー・マンで教えてもらう。それ以外は、私たちに何も指示しない。大部分をとまどう。
次は何をするのだったかな?「順番や真似ではない。感じること。解らなくなったらロングストローク」この言葉を聞いてから、こうしなければいけないという枠を離れて、ちょっと自由に動いてみる。大きなストロークが中心だ。腕をのびのびゆっくり動かす。気持ちに少し余裕が出てくる。すると、相手の身体が見えてきた。「感じること」の意味が身体を通して、少しかわったような一瞬だった。そして原点に戻れたような気がした。
幸運だったふたつめはエサレンのボディワーカーたちの心豊かな人柄に触れられたこと。ゆったりとした服装を持っていったけれど、ゆったりとした呼吸、ゆったりとした気持ちを持って帰ることができた。私には何か焦る気持ちがあったのでしょう。このワークショップを終えて今は静かな気持ちでいられる。もちろん、エサレンマッサージに対する気持ちは深まるばかりである。
(会社員・30代・女性)

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